ジョニージョニーデッパーのとにかくツッコミを入れるブログ☆

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第291話 意外と役に立つ社会の話⑥バブル崩壊から現在に至るまで

Nice to meet you!!!

ジョニー・ジョニー・デッパーです(≧▽≦)

 

昨日は高度経済成長の終焉とバブルの崩壊などを取り上げてきました。

 

 

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日本はバブルの崩壊に伴って

経済的には失われた20年へと突入していきます。

 

前回お話した新自由主義の潮流は確実に日本に向かってやってきました。

80年代後半の中曽根政権で断行された国鉄の分割民営化が最初の代表的なものですが

 

日本の場合にはイギリスやアメリカとは事情が異なっていたのは

前々回にお話しをした企業が国民の福祉を支える仕組みを担っていたことでした。

 

もともと国鉄は戦争引揚者の受け入れ機関という側面を持っていたものの

高齢化によって高コスト体質に陥り、赤字転落していました。

 

但し、中曽根は非常に慎重でした。

なぜなら当時中曽根政権を陰で動かしていたキングメーカー田中角栄

民営化については容認していたものの、分割に関しては容認していなかったからです。

 

当時の中曽根内閣は自民党の派閥政治で、多数を握る田中派なしでは政権が持ちませんでした。

 

しかし、田中が脳卒中で倒れ、竹下登(DAIGOの祖父)が反旗を翻すと

分割民営化への流れが一気に加速していきます。

 

そこから日本は政治的にも混沌とした時代へ突入し、

宮沢喜一内閣の不信任案に小沢一郎らが同調して、

自民党がついに下野し、非自民非共産の連立内閣、細川護熙内閣がうまれ、55年体制が終焉し、

 

これも細川の突然の国民福祉税構想で世論の反感を買って頓挫、

さらには連立政権の一部であった社会党の離反を招き、崩壊します。

 

自民党が連立に復活したのは1994年ですが、

これは社会党を抱き込んで、委員長の村山富市を総理大臣に掲げるという

当時としてはウルトラCのような技で連立に返り咲き、

 

96年の橋本龍太郎内閣から自民党が中心の政権に戻ります。

 

橋本内閣が最初に掲げた改革路線を最も最大化させたのが、

小泉純一郎です。

 

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参照元 

http://www.kantei.go.jp/jp/koizumiprofile/

 

小泉はその高い支持率を背景に改革を断行していきます。

 

この構造改革は基本的にはサッチャーレーガンの流れを組む

「小さな政府」を志向するものです。

 

どの国でもそうですが、

規制緩和、民営化、自由競争がテーマになり、

国家による社会保障の削減が行われ、

 

グローバル化の中での国際競争力といった点でも

財界からの法人税の減税圧力は大きかったことが推測されます。

 

現在強く叫ばれている格差社会もこの構造改革によって、

より大きくなったと言われる場合も多いです。

 

企業の在り方も変わってきました。

それまでの終身雇用と年功序列では高コスト体質となり、

グローバリゼーションが拡大していくなかで、

 

安価な労働力の流入も相まって、

それまでの機能では国際的に戦えなくなりました。

 

もともと国家からの福祉が手薄な日本では

企業からの福祉が削減され、国家からの保障も減れば

底抜けに転落していく状況になりえる状況に陥りました。

 

そういった意味では会社に長く勤めれば安泰という時代ではなくなっているということの証左だととらえることもできます。

 

ある意味、自分が一番力をつけて、切り開いていく必要のある時代に差し掛かっているということです✨

 

僕らは僕らの親世代とは違うライフスタイル、あり方を要求されているといっても

個人的にはいいと思います😄

 

個人的には会社で労働力として労働を対価に勝負しようとするならば

安価で能力も高いアジアやアフリカの労働力と対峙し、競争しなくてはいけないと思っています。

 

で、あるならば、どんな道であれ、

自力をつけていくことが生きていく上の必須要件となることは

これまで以上に明白です✨😄😄

 

自力とことんつけていくことは社会への影響力をつけていくことになり、

自分が決める側に回ることができる💡✨

 

ジョニーはより自力をつけていきますーーー✊

 

See you again!!!

ジョニー・ジョニー・デッパー

第290話 意外と役に立つ社会の話⑤経済成長期の終焉

新宿から歴史を発信!!!むかちんです(≧▽≦)

 

意外と役に立つ?(立っていればいいですが(笑))社会の話も

いよいよ佳境です。

 

昨日は高度経済成長とそれに伴う企業の仕組みについて話をしました😄

 

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高度経済成長で経済的に順調に発展を遂げた日本ですが、

1973年の石油危機で、その終焉を迎えることになります。

 

イスラエルアラブ諸国第四次中東戦争が勃発し、

イスラエルを支援する国々への石油輸出をOAPEC(アラブ石油輸出国機構)が止めたのです。

 

原油の輸入価格は4倍に跳ね上がり、日本の国際収支は赤字になります。

 

これによって日本企業は石油製品に依拠するのを極力やめ

省エネ、省資源でできるマイクロエレクトロニクス技術を活用する方向えへ転換していきます。

 

これにより紙を使わずに、またコストカットのために工場の自動化や事務のOA化が進んでいくのです。

 

但し、この石油危機は高度経済成長の終焉にいわばとどめをさしたきっかけにすぎなかったという見方もできます。

 

なぜなら、

①経済が豊かになって、労働者一人あたりの賃金が上昇したことで物価が上昇した

 

②国際通貨制度が1971年のニクソンショックによって、ブレトンウッズ体制が動揺、

円の切り上げが行われたため、輸出関連企業を中心に円高不況感が巻き起こる

(輸出は円高のほう不利→どっかで解説できたらします(笑))

 

③経済成長のために猪突猛進してきたが、その一方で公害問題が起こり、

経済成長だけという見方からの見直し

 

これらの要因が大きく作用したことも否定できません。

 

②のニクソンショックは世界的にも大きな出来事でした。

世界で最も信用ある通貨として君臨したドルの背景には金と兌換できることがあったのですが、

 

金の保有量の著しい低下などにより、その価値の維持が難しくなったのです。

 

それまで1ドル=360円という固定相場が当たり前だった金本位制度から

固定相場の維持を目指したものの、1973年には変動相場制へと移行していきます。

 

1980年代に入ると対米輸出が急増したことにより、

日本は、世界最大の貿易黒字国でありながら、技術革新によって、国際競争力を高め

欧米諸国との貿易摩擦が深刻化していきます。

 

こうした潮目に登場したのが

イギリスのサッチャー首相アメリカのレーガン大統領です。

 

サッチャーのイギリスでは深刻な財政難に陥っていました。

サッチャーケインズ主義的な政府が介入して行う経済を社会主義的と批判し

資本主義にあるべき市場原理での自由競争である「小さな政府」を志向します。

 

これを新自由主義と呼びます。

 

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参照元 

https://www.japanjournals.com/feature/great-britons/3910-margaret-thatcher-44415757.html

 

サッチャーを皮切りに世界的な潮流となって、

米国のレーガン政権でも規制緩和、民営化、大幅な法人減税が行われ

これはレーガノミクスとよばれました。

 

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参照元 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%83%B3

 

しかし、レーガンは軍事力の増強を企図したため、財政赤字となり、

アメリカは高金利政策を取ったので、ドル高となって、貿易赤字にも陥り

双子の赤字という事態に陥りました。

 

そこで、G5で交わされたのが「プラザ合意」で、

ドル危機が起こることを恐れた先進各国によるドルへの協調介入が行われ、

ドル安へと誘導されていきます。

 

この直後の日本は輸出産業に依存していたことがあり、

深刻な不況に悩まされることになるのですが

日銀が低金利政策をとったことによって、日本では金余りが発生します。

 

この余った金が向かった先が不動産投資で、

これがその実力以上に高騰していくことにより、

これによって起こったのが「バブル景気」です。

 

ご存知のとおり、

バブルによって一時日本は空前の好景気に入っていくのですが

90年代に入って株価が急激に下がり、結果として崩壊、

このダメージは日本を「失われた20年」へと向かわせるのです。

 

次回は転換期となった構造改革に迫ります。

 

See you again!!

ジョニー・ジョニー・デッパー

第289話 意外と役に立つ社会の話④戦後社会の推移~高度経済成長期

Nice to meet you!!!

ジョニー・ジョニー・デッパーです(*^▽^*)

 

意外に役に立つ社会シリーズの4回目は

戦後の日本社会についてです✨

 

1945年、日本は終戦を迎えました。

 

日本は1952年の平和条約の発効まで、連合国軍の占領下におかれることになります。

但し沖縄などを除いては日本政府が政治を行う間接統治が行われました。

 

このときに日本にやってきたのがダグラス・マッカーサー率いるGHQ連合国軍総司令部)です。

 

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参照元 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%BC#/media/File:Macarthur_hirohito.jpg

 

1946年11月3日、大日本帝国憲法に代わり、日本国憲法が公布されます。

この成立過程については現在でも論争になっている点はありますが、

GHQが深くかかわっているのは間違いないです。

憲法については、別途で✨)

 

農地改革や財閥解体などの諸政策が行われ、

GHQによる改革が推し進められます。

 

1952年、サンフランシスコ講和条約により、日本が国際社会に復帰、

GHQの占領統治が終焉します。

 

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参照元 

https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/takeshima/g_sfjoyaku.html

 

昭和30年代(1955-1964)はとてつもない経済成長を遂げた時代で

1954-1957の神武景気、1958-1961の岩戸景気など好景気に入ります。

 

好景気を下支えしたのは

①1950年に勃発した朝鮮戦争による戦争特需

②昭和20年代から普及し始めた三種の神器のヒット(白黒テレビ・電気冷蔵庫・電気洗濯機)

③1961年からの所得倍増計画

 

などが挙げられるのではないでしょうか。

 

①→朝鮮特需と呼ばれ、日本に対して戦争に必要な物資の調達が行われました。

兵器や砲弾なども日本で生産し、米軍によって買い取られました。

 

この朝鮮戦争を機に自衛隊の前身となる、

警察予備隊」が組織されます(のちに保安隊→自衛隊と改組されます)。

 

日本は当時、軍事面をすべて米国が負担していたため、

その支出がほとんどなかったことも経済成長に寄与したといわれます。

 

というのも、日本は日本国憲法第9条にによって

軍隊はもてないというのが通説だからです。

(※自衛隊は法解釈上、軍隊ではありません)

 

現在も米軍基地が駐留している実態で、

これが沖縄の米軍基地問題として現在でも残っています。

 

 

②→この中では白黒テレビが最も早く普及しました。

特に1958年の東京タワー竣工と皇太子(現在の天皇陛下)と美智子様(現在の皇后陛下)のご成婚で、爆発的に普及しました。

 

このあとに登場するのが新三種の神器

カラーテレビ、クーラー、自家用車です🚗

 

③→1955年に保守合同によって自民党が誕生、自民党が長期政権をもち、社会党が野党一党というポジションを保つ、いわゆる55年体制が確立します。

 

自民党は1960年、岸政権下で行われた安保条約の改定に対する反対闘争によって、

岸政権は強行採決を行って、新安保条約を通過させたものの、死者を出すほどのデモ抗議となり、岸政権は総辞職に追い込まれます。

 

こうした日本人の戦争への強い拒否感から、自民党の中でもいわゆるタカ派が目指した再軍備による自主防衛路線から、経済重視の路線に舵を切ったのが、池田勇人首相の「所得倍増計画」です。

 

日本は特に対米輸出などで、経済を牽引してきたといえるでしょう。

 

経営者の向山雄治さんがお話してくださった歴史の話もこの時代あたりの経済の話が

比較的関係しているなと個人的には思うのですが、

 

「企業」におけるいわゆる「終身雇用制度」「年功序列賃金」というのは高度経済成長という前提があって成り立つものと個人的には考えていて、

 

今日ではそれはもはや「神話」というものになっていると感じるわけです✨

 

日本という国はどちらかというと福祉がそれほど手厚い国ではありません😅😅

 

かつての「ゆりかごから墓場まで」といわれていたイギリスや

福祉国家の北欧のような国は国家レベルでかなり手厚い福祉を担っていますが

日本という国はどうやっていたかといえば、その一部を「企業」が担っていました。

 

年功序列といわれると今でこそ、「実力関係ないからうざい!」なんて言われるような代物になっていますが

 

この仕組みはある意味、ライフスタイルに沿って賃金が上がっていくモデルで、

入社→結婚→出産→マイホーム→老後の退職金といった、人生の流れに則した

日本独自の福祉モデルといえるものなのです。

 

そして「終身雇用」という安定感が企業で働く人々に、企業への忠誠を尽くさせ、

出世のために意欲的に働き、それが経済成長を牽引して、

ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代を作ったと言えます。

 

なので、現在では時代遅れといわれてしまう制度も、

当時の経済成長には必須の動力源であったことは否定できないかと思います✨

 

そして、これが日本独特の経済成長の基軸だったのです😄

 

その潮目が変わってくるのは80年代以降であり、

完全に企業活動が変質したのは2001年の小泉構造改革以降です。

 

今回は結構しゃべりすぎちゃったので、

ここからは次回ということで✨

 

 

See you again!!!

ジョニー・ジョニー・デッパー

 

 

第288話 意外と役に立つ社会の話③昭和という時代(戦前編)

Nice to meet you!!!

ジョニー・ジョニー・デッパーです(≧▽≦)

 

社会の話をつらつらとしておりますが

今日は「昭和」という時代について語ろうと思います。

 

大正が15年という短い期間で終わり、

それを継いで始まった昭和。

 

かなりざっくりいうと

大きく2つに分けることができます。

 

①戦前

②戦後

 

です。

 

第一次世界大戦が終わりを迎え、

大戦景気による好景気が終わると、

1929年の世界恐慌も相まって、昭和恐慌という不況が襲い掛かります。

 

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参照元 

http://manapedia.jp/text/868

 

この世界恐慌が引き起こしたのは

植民地を持つものと持たざる者のの格差を生み出したことでした。

 

植民地を持つイギリス、フランス、アメリカなどは植民地を囲い込む「ブロック経済」でこの恐慌を乗り切ろうとしました。

 

しかし、第一世界大戦で天文学的な賠償金を要求されたドイツや、

高収益な植民地のない日本はそれができず、これがヒトラー率いる「ナチス」などに見る「ファシズム」を生み出す要因になりました。

 

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参照元 

http://www.geocities.jp/torikai007/bio/hitler.html

 

さらには軍部が暴走をはじめ

満州の権益を守ろうとした日本はかの地の実力者である

張作霖と交渉を重ねますが、これがうまくはいかなかったので、

 

関東軍張作霖を爆殺するという事態に陥ります。

 

そして1931年満州事変、国際連盟からの脱退で、日本は世界から孤立をしていき、

ドイツやイタリアなどいわゆる枢軸国へと接近していくのです。

 

軍部の暴走により、要人が射殺されるなど、政党政治がいよいよ終わりを迎えようとしていました。

 

1937年には日中戦争へ突入、思想統制と国民総動員体制が作られ、

治安維持法などの成立により、合法的な反戦活動は不可能となりました。

 

1939年にはナチス政権のドイツがポーランドに侵入し、ついに第二次世界大戦が勃発します。

日本では1940年に既成政党は解散させられ、大政翼賛会が作られます。

これがいわゆる全体主義です。ここまでくると戦争への反論など全くできません。

 

ABCD(America,Britain,China,Dutch)包囲網とよばれる国々と関係が冷え込み、

石油の禁輸をされてしまうのです。

 

ヨーロッパではドイツがイギリスやフランスに対して優勢に戦争を進めました。

英仏はアメリカの参戦を期待していました。

 

アメリカはというと、日本海軍の動きに非常に苛立ちを感じていました。

アメリカは日本に対して、中国撤退を要求してきますが、日本はこれを最後通牒ととらえ、第二次世界大戦へ参戦していくのです。

 

その引き金が真珠湾への奇襲攻撃による1941年の太平洋戦争の勃発です。

 

最初こそ、戦局はよかったものの、徐々に劣勢に立たされ、

日本は追い込まれていきます。

 

国民総動員体制となり、本土決戦も辞さないというありさまでした。

こうしたなかで神風特攻隊などの自爆攻撃なども行われ、アメリカに非常に恐れられました。

 

また唯一の本土決戦を経験した沖縄戦では10万人以上の犠牲者を生み、

多くが軍人ではなく、民間人です。

 

鬼畜米英と教わっていた民衆はアメリカにつかまる前に自決する人も多くいました。

 

そして最後には1945年、8/6広島、8/9長崎に原爆が投下されます。

 

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参照元 

http://historyjapan.org/outline-atomic-bomb-hiroshima-nagasaki

 

1945年8月15日、連合国からのポツダム宣言を受諾し、

日本は無条件降伏します。

 

こうして、日本は人類史上初めての惨劇である原爆投下を経験し、

戦争の時代を終えていくのです。

 

今日はこの辺で!

 

See you again!!!

ジョニー・ジョニー・デッパー

第287話 意外と役に立つかもしれない社会の話②

Nice to meet you!!!

ジョニー・ジョニー・デッパーです(≧▽≦)

 

前回は明治とは何だったのかを超簡単に話しました✨

 

文明開化により西欧化して、富国強兵により軍事力を強めて、

欧米列強に並び立つレベルの軍事大国化を目指しました。

 

そして明治が終わり、大正を迎えます。

大正は15年と短い期間でありましたが、

激動の15年でした。

 

大正デモクラシー」といわれる民主主義高揚の運動が巻き起こり、

1925年には普通選挙法が成立します。

 

第一次世界大戦が起きた1914年も大正です。

日本は日英同盟の関係でイギリスが属していた連合国側に所属し、

ドイツが権益を持っていた山東省の権益を主張します。

 

また関東大震災が起こったのも大正。

 

さらに言えば、女性の社会進出が積極的になった時代ともいえ、

平塚らいてう市川房枝など女性の権利、主張を世に送り出し続けました。

 

西洋文化が民衆に深く根付いた時代でもあり、

映画が流行ったり、洋食が普及したりと、様々な面で様変わりを遂げていった時代でした。

 

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参照元 

https://www.pixivision.net/ja/a/3467

 

See you again!!!

ジョニー・ジョニー・デッパー

第286話 意外と役に立つかもしれない社会の話①ーー経営者の向山雄治さんと話していて歴史って大事と再認識

Nice to meet you!!!

ジョニー・ジョニー・デッパーです(≧▽≦)

 

 

ジョニー実は歴史が結構好きで、

中学のときも得意科目は社会

高校のときも得意科目は世界史、

大学に至っては社会学社会学科と

 

割とジョニーの人生において、歴史ってずっと近くにあるなーとおもいます(笑)

 

ジョニーの友人に外山智子さんという方がいるのですが、

外山さんは生粋の歴女でイルミネーションより石碑が好き、というタイプの女子です😅😅

(特に日本史が好きらしいです)

 

そういえば、友人で株式会社RNSを経営されている向山雄治さんは

九州大学出身でもともとNECでエンジニアをやっていた生粋の理系の方なので

歴史とか全然興味ないのかなと思っていたら、

 

経営にまつわるものであったり、

いまの財閥が形成されていく過程(いわゆる近現代史ですよね)など歴史への造詣も深いことがわかり

改めて勉強されてるんだなーー!!!とこの前個人的に驚きました✨✨

 

さらにゲームですが三国志もお好きとのことで😄😄

結構歴史と関係が深いんだなーと✨

 

ジョニーもどちらかというと

近現代史のほうが専門の人間で、

ゼミの専攻は政治学という堅めの分野だったんですが

社会史を勉強しなきゃいけなかったんですよね✨✨

 

ジョニーは割と好きだったのでよかったんですが

ふつー考えたら割ととっつきにくいですよねーー😅

 

でもこれ知ってると

結構今を生きていく上でもしかしたら見え方が変わってくるかもしれないなーって感じました。

 

向山さんが少しではありましたけれども、会社であったり経営であったりを

歴史的な側面からお話していただいたときに、

すごく今の現状を理解するのに、ジョニーはとても役に立ちました✨

 

なので、歴史を知ることって実はとっても大事なのだなーーとジョニーも再確認しました😄😄

 

簡単ではありますが、ジョニーのわかる限りでかみ砕いて

プチ近現代社会の話をできたらいいなーと思います✨

 

①そもそも明治って何なのか

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参照元 

https://www.city.saga.lg.jp/main/37155.html

 

皆さん、明治と聞くとどういうイメージなのでしょうか?

「ちょんまげやめた」

「刀やめた」

「洋服になった」

「おばあちゃんが明治生まれ」

 

いろんなイメージがあるかもしれないですね✨

 

でもすんげーーーー平たくいうと「革命」ですよね😄😄

日本では「明治革命」とか「日本革命」とか言わず、

明治維新」と言ったりするので、案外ピンとこないかもしれないですが

それまで250年続いた徳川中心の武家社会が突然変わるわけですからね✨

 

余談ですが、革命というのは英語でRevolutionといいますが

Revolute=回転という意味なんですね✨

 

要は社会がひっくり返ることなんです😲😲

 

歴史って見方によって様々なので、

何が正しいとかをここでは論じませんし、批判は一切しませんが、

 

教科書で教わる「明治」というのは

ここから日本の近代化が始まったと表現されることが多いかと思います😄

 

でも冷静に考えると

歴史に「もしも」は禁物かもしれないですが、

この明治維新の維新志士たちが徳川に敗れて、革命に失敗していたら

ただの「乱」で終わっていたわけです😅

 

でもここで明治という時代になりました✨

 

近代化という言い方も様々な論議はありますが

長くなるので差し控えましょう(笑)

 

要は西洋の技術や制度を日本でも積極的に取り入れるようになりました😄

文明開化と富国強兵を行ったわけです✨

 

天皇中心の政治となり、大日本帝国憲法もできました。

 

すごく平たく(そして若干乱暴に言うと)、明治という時代は日本の「西欧化」の時代といえると思います。

 

そして何より日本が外に出ていった時代でもあり、

日清・日露という戦争に勝利して、西欧のように帝国主義(植民地を拡張していくような)的政策を進め始めた時代ともいえます。

 

いずれにしても、現在の社会の礎となったことには違いがありません。

 

次回につづく。

 

See you again!!!

ジョニー・ジョニー・デッパー

 

第285話 結構豪快な製鉄工場見学③ 焼鈍・表面処理編

Nice to meet you!!!

ジョニー・ジョニー・デッパーです(*^▽^*)

 

昨日に引き続き、鉄の作られた方講座の続きです✨

 

 過去記事はこちら↓↓↓

www.saitama-johnny.com

 

 

www.saitama-johnny.com

 

 

www.saitama-johnny.com

 

今日は冷間圧延が終わったあとの材料に焼鈍や表面処理を加えていく過程をご説明します✨

 

◆焼鈍

昔は大きな窯にコイルを段積みして、時間をかけて焼きなましていたのですが

 

現在の主流はCAL(Continus Annualizing Line)と呼ばれる連続焼鈍設備で高速に行います。

 

主として自動車用の素材に使用されます。

 

冷間圧延したあとのコイルは、加工によって硬化しているため、

焼きなますことによって軟化し、使用時に加工しやすいようにしています。

 

このCALという設備は圧延の結果、コイル長が長くなったコイルたちを溶接でくっつけて連続状態を作っているため、

 

上下に動いて焼鈍、塗油、調圧などをしていきます。

 

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参照元 

http://www.primetals.co.jp/japan/products/pro3_4_1.html

 

表面も冷間圧延後の製品にくらべてキレイに仕上がります。

 

ちなみにここではあまり詳細には解説しませんが

ステンレスやホーローなどもこうした処理の延長で製造します。

 

◆溶融亜鉛メッキ

かつては前項の焼鈍のみが主流でありましたが

最近は、特に自動車鋼板の外板向けなどにはこの「溶融亜鉛メッキ」が施されます。

 

焼鈍した鉄を亜鉛ポットにどぶ付けして亜鉛を付着させて、錆を防ぐという処理で、亜鉛のほうが鉄よりも腐食が早いことから、

 

亜鉛を腐食させることによって、

鉄を守るというのがこの溶融亜鉛メッキの特徴です。

 

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参照元 

http://www.jfe-steel.co.jp/products/usuita/c30.html

 

◆電気亜鉛メッキ

こちらは電気を介して亜鉛を付着させます。

めっき厚は薄いですが、均等にめっきできることが特徴です。

塗装性が高いです。

 

 

◆錫メッキ

ブリキ缶などに施されます。

金属の中で錫は毒性が極めて低いので、

食器や缶詰にも広く利用されます。

 

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参照元 

https://free3d.com/ja/3d-model/tinned-tomato-soup-tin-can-2162.html

 

以上は主に製造をメインで紹介してまいりましたが、

ここからコイルを梱包して、出荷していきます。

 

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参照元 

http://www.dainichishokai.co.jp/rec_nagare.html

 

いくらか場合によりますが

コイルセンターと呼ばれる中間流通の商社が保有する加工施設に運ばれることも多く、

 

ここでスリットしたりして、お客様のところへ届けられたりします。

 

ちなみに工場内ではこんな感じでコイルは運ばれます。

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参照元 

https://www.konoike-kansai.jp/office/sakurajima/index.html

 

船積みはこんな感じです。

 

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参照元 

https://yokdairiten.blog.so-net.ne.jp/archive/201003-1



今回はかなりざっくりと説明してまいりましたが

鉄も規格、成分などで様々あり、また寸法でも大きく違うので

なかなか複雑な世界ではあります。

 

安価なものは1kgあたりが水より安かったりもして、

え!!って驚いたりもします(笑)。

 

また0.2mmとかの薄いものもあり、

そういう材料は縦置き(輪が横を向く状態)すると、

自重でつぶれてしまうので、横置きしかできないというものもあったり、

 

本当に様々ですww

 

このシリーズはこれで終わりですが、

ちょっと興味もてたな、ってなったら幸いです😄😄

 

See you again!!!

ジョニー・ジョニー・デッパー